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どうも、おねえさんです。

もう昨年の話になるけれど
友人たち数人で集まったとき
何の話の流れだったか

「いいなあ、色香は毎日が充実してて・・・」

と、そのうちの一人から
ややしょんぼりした顔で言われた。

その子と一番仲の良い子が
わたしとインスタグラムで繋がっていて
話から察するにその子と会ったときに
「色香さん写真上げてるよー」みたいな
感じで暮らしぶりを垣間見たようだった。

しかし、わたしはそんな羨ましがられるような
生活はその頃送っていなかったはずなのだ。

寧ろ平日は締め切りに追われて仕事に殺され
休む間もなく食事を作って風呂に入ったら
夫に合わせて消灯、しかし不眠症・・・

みたいな感じで充実感なんて全くなかった。

せいぜい楽しみといったら週末にカフェとかで
ちょっと美味しいものを食べることくらい。

ちょっとしたアウトドアを楽しむことはあっても
日頃の疲れでどうにも楽しみ切れなくて
「明日からまた仕事と家事か・・・」と思うと
いったい何のために生きてるのかも
わからないという始末。

義務を果たすのに精一杯の毎日だったのだ。

今回は「自慢ばかり」とやっかみの対象に
されがちだというインスタの生態について
1ユーザーとして考えてみる。


◆インスタグラムは前向きなエネルギーが主体

わたしにとってインスタグラムは
趣味と仕事を兼ねた遊びのひとつ。

写真はもともと好きだし
アクセスを伸ばすのは会社でもやっていたので
フォロワーを増やしたりするのも結構楽しい。

今1000人近くいてやり甲斐がある。
普通に投稿していてコツコツ増やした。

日々のなかで綺麗に撮れたものは
普段からなにげなく投稿している。

必要以上に良く見せようという気持ちはなく
自分が体験して良かったことを広めたいし
あとは日々の食事作りのモチベーションに
なってもいる。

ハッシュタグを辿ることによって
ちょっとしたアイテム探しや情報収集にも
使えるからとっておも便利なツール。

思うに、インスタグラムやフェイスブックなどの
SNSが自慢合戦として取られがちなのは
「いいね!」という機能が付いているからだ。

これらのSNSを好んで扱う人は
比較的、毎日を前向きに生きようと
(生きたいと)願っている人種に見える。

だから「良かったこと」「楽しかったこと」
が更新のメインになることは当然のこと。

反対にわたしの場合は悪口・陰口・愚痴の多い
ツイッターは近年見ていて心地よくないので
(寧ろ不快)つい最近退会してしまった。

もちろん、ツイッターユーザー全員が
悪口ばかり書いているとは言わないけれど
やっぱりそういう傾向にはあるなあと。

面白い情報とかも回ってくるんだけど
別に聞きたくない攻撃的な内容の方が
多かったな。

匿名性に任せて負のエネルギーを使うより
だったら「良かったこと」にフォーカスした
写真たちに「いいね」を押す方が楽しい。

素敵なコスメに出会えたり
おしゃれなごはんを作る女性がいたり
プラスのエネルギーや「好きなこと」で
繋がれるのがインスタの良いところだ。

参考にできることが色々ある。

前向きになりきれない人にとっては
インスタはキラキラ女子の集まりに見えて
居心地が悪く感じてしまうのだろう。

そういう人はインスタに向いていないと言える。




◆マイナスの面は見えにくいから誤解を招く

プラスのエネルギーが強い一方で
インスタグラムではマイナス面が見えにくい。

「残業が大変だった」程度のことは書けても
写真が主体であるインスタグラムにおいて
「この上司が最悪」とか「あいつマジむかつく」
みたいなことってなかなか書けないものだ。

ツイッターでそういうことが書きやすいのは
あくまでも文字が主体のものであって
それもやっぱり匿名性の高さゆえ。

インスタやフェイスブックでは
身分が割れている(友人ならそれとわかる)
場合が多いので下手なことは書けない。

仮にパーティーが楽しくなかったとしても
「つまんね~」とは書けない世界である。

親や恋人と繋がってることも多いし
その結果「恵まれている部分」だけが見え
あたかも嫌なことが何一つ起こっていない
かのようなアカウントが出来上がるのだ。


◆結局は何を載せても批判する人はいる

「色香は充実してていいなあ」
と言われたとき、わたしが思ったのは
「・・・??なんで?何が?」であった。

なのでつい

「いやいや!!
わたしの毎日なんて全然楽しくないよ!」

と否定してしまった。笑

「そ、そうなの・・・?汗」

みたいな反応が返ってきたけど
相手にしてみれば半信半疑だったのかな。

自分が普段頭のなかで考えてることなんて
インスタに投稿したら波紋を呼ぶと思うしw

旦那が臭いだとか隣の女が目障りだとか
もう疲れただとか普通書かないと思う。

というか、たまに見かける
不幸な投稿の代表的な例で

「高熱が映し出された体温計の写真」

というものがあるけれど
ああやってちょっと身の不幸を載せれば
それはそれで「かまってちゃんだな・・・」
というマイナスの印象を与えかねない。

(メンヘラ気味の女の子に多く見られる)

こうなってしまうと、
もうSNSに載せるべきことなど
何もないではないか・・・と思ってしまう。

何かの宣伝くらい?
いや、それも結構うっとうしい。

楽しげな写真を載せれば自慢と取られ、
悲しい出来事を載せれば気を遣わせる。

何の罪もない野花の写真を載せれば
「それって何か意味があるのか」という
疑問も生まれる。

人の気に障る可能性がない。
それでいて気を惹く要素がある。
無難ではなく有益でなくてはならない。

しかし決して自慢に取られてはならず
哀愁を誘って気を遣わせてもいけない・・・!


ゼ、ゼイゼイ・・・大変だ・・・!

となると、かなり一般人には
ハードルが高いのではないだろうか。

今回、わたしはこれといって
非難されたわけではないけど
SNSによる周りからの認識の
ズレってすごいなーと思わされた。

週刊誌のゴシップと同じことで
そこに載っている情報がすべてではない。

見る側にはもう少し
想像力を要求したいところである。

そして不快だと思うなら何より見なければよい。


色香

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色香おねえさん
Posted by色香おねえさん

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